虫垂がん 67歳 女性の場合

ご主人を数年前に亡くされ
お子さんはいらっしゃらなかったため
独り暮らしをされていました。

緩和ケア病棟入院の初日

 「私ね、枯れるように死にたいの。」

 「トイレまで歩けなくなったら
 管を入れてね。」

 「食べられなくなっても
 点滴はしないでいいから。」

…と明るく話されていました。

その話しを聞いていた、私やドクターは

 「はい、できる限り楽な方法で
 進めていきますね。」

とお約束しました。

入院当初は、歩くことができ
薬の管理も本人で行うことができていましたが
徐々に食欲が落ちてきたため

ご本人の希望で病院食を中止し、
大好きなお茶やカフェオレを
少しずつ飲んでいました。

入院して1週間が経ち
友人と面会をされたあと

 「今日を最後にもう来なくて
 いいからね。」

と話されていました。

ご本人は、元気な姿で会いたい人に
会えて満足だったそうです。
そして、毎日ゆったりと幸せに
過ごせているとも話されていました。

入院後10日目には、ベッドから
降りて室内のトイレに行くことも
つらくなってきたため、尿の管を入れると

 「これで、トイレに行かなくても
 いいのね。楽になったわ。」

と喜ばれ、さらに、下腹部の痛みが
強くなったら、
内服薬を整理し、
痛み止めはモルヒネの持続皮下注射に
切り換えました。

そうすることで、不必要に体力を
低下させることもなく、
痛みもコントロールされて
穏やかな時間を
過ごせるようになりました。

そして、亡くなる3日前に

 「最期は誰かに看取ってほしい。」

と話されたので、
早目に実兄や実姉に連絡し、
当日も親族に氷や
アイスを食べさせてもらい、
親族全員がそろった夕方18時過ぎに
静かに息を引きとられました。

その直後、お姉さんが思わず

 「私、〇〇ちゃんみたいに
 死にたい!」

と話されたのです。

さらに、亡くなる5日前の日付で
スタッフへの感謝をつづった手紙も
書かれていました。

こんな風に、自分らしく
そして、無理をせず
1日1日を楽しみながら
最期の日を迎えられること。

これは、けして、
特別なことではありません。

看護師
かたおか さちこ

コメント

当コメント欄は、記事に対する感想を記入いただくものでQ&Aではありません。(質問を投稿をされても、筆者からは回答いたしません。)
いただいた内容は、執筆の今後の記事執筆の参考とさせていただきます。
コメントは確認後に反映されます。

コメントを残す