こうした忘れられた領域の存在について、初めて警鐘を鳴らしたのがフィッツヒュ
ー・ミュランというアメリカ人の医師でした。彼は32歳の若さで縦隔胚細胞腫とい
うまれながんにり患し、患者として当時の医療ケアを受けたのでした。そして、そ
の経験をつづったエッセイを有力な医学誌に寄稿しました。1985年のことです。

彼は従来のがんに関する医学研究が生存率の向上を目指すばかりで、診断や治療が
引き起こす心身の不調や社会的問題を顧みていないことを指摘しました。そして、
その状況を「溺れる人を水から引き上げたあと、咳きこんで水を吐いて苦しがって
いるのを放置しているようなもの」と形容しました。この医療者の見方と当事者の
実感のかい離への鋭い指摘は、彼が医師であったこともあって大きなインパクトを
もって迎えられ、その後の新しい社会的動きの起爆剤となりました。

さらに1986年にはミュランらが中心となって全米がんサバイバーシップ連合
(National Coalition for Cancer Survivorship:NCCS)が設立され、一般市民、
医療関係者、行政機関、企業、州や連邦政府レベルの政策当局に対して、がん診断
を受けた人への支援の必要性を初めて組織的に訴える活動が起こったのです。そし
て、この流れは現在も脈々と受け継がれて世界中に広がりを見せています。

ここで初めて用いられ、団体の名前にも採用された「がんサバイバーシップ」とい
う言葉は、がん療養の世界にまさにパラダイムシフトを起こすキーワードとなって
いきます。これは、おそらくあなたのがん療養に関しても例外ではなく、この言葉
、この概念を深く理解することによってあなたがよって立つべき大きな柱の一つに
もなることでしょう。

つづく

総合内科専門医/臨床心理士
飯島 慶郎

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