大腸がんと付き合いながら、特に治療などはせずに痛み止めだけ処置していた祖母が、95歳で亡くなりました。
大腸がんというのが分かってから約3年後の事でした。

お医者さんも、老衰なのか、がんが原因なのか分からないくらいです、と仰っていたので、祖母は最期まで穏やかな時を過ごせたようです。

ボケることもなく、しゃんとしていて、亡くなる3ヶ月前に顔を見せに行った時には普通に喋って、自分で作った煮物を振舞ってくれました。

その2ヶ月後ぐらいに、父方の実家から連絡があり「おばあちゃんがいよいよ危ないかもしれないから会いに来てやってくれ」と言われたので、家族そろって会いに行ってきました。

自宅のベッドに横たわる祖母は、急に小さくなってしまったようで、痩せてシワシワになってしまっていたけれど、お話することはできたので、少し言葉を交わしました。
痛みが少し出始めているようではあったけれど、痛み止めのモルヒネの湿布を貼れば落ち着くようで、夜もよく眠れているとの事でした。

両親が席を外し、私と妹と祖母の3人になった時「本当に幸せな人生で、おばあちゃんは世界で一番幸せ者だよ」と言っていました。

そして、その1ヶ月後にも、家族の都合がついたので、揃って顔を見せにいくと、祖母はもうまともに話ができる状態ではなくなっていました。
単純に、徐々に身体の筋肉や神経の機能が低下していって、口周りの筋肉が動かなくなったというのです。食事も、嚥下する力が無くなり、重湯のようなものしか取れなくなったという事でした。

この症状は、がんが体力を奪っているのか、老化によって老衰に向かっているのか、なんともいえないとの事でしたが、なんというか、こんな事を言うのはとても不謹慎な事かもしれないけれど、私は祖母の姿を見て、とても美しいと感じたのです。

人が、老いて、命を全うするというのは、こういう事なのかな、と思いました。

そこにはとても静かで、穏やかな時が流れていたのです。

親族中が、祖母が命を全うしようとしているのを見守っていました。
「もうそろそろ時間の問題」となってから1ヶ月ほどの余裕があったので、全国各地に散らばっている親戚たちがこぞって顔を見せに来たのだといいます。

そういうこともあり「幸せだ」という言葉が出たのかもしれません。

丁度私たちが会いに行ったタイミングで、95歳の誕生日を迎えて少し経っていたので、孫と曾孫に囲まれて、盛大に誕生日をお祝いしました。

そして、その数日後、祖母は逝きました。

すぐに田舎へ帰って葬儀に出席しましたが、とても穏やかな表情で、また、肌があまりにも艶々と美しく、驚きました。
葬儀も、悲しむような雰囲気よりも、偲ぶ、という言葉がピッタリくるような、素敵な葬儀でした。

無理やりにがんの手術や治療をおこなったことで、急激に体力を落として、そのまま逝ってしまうご老人が多いと聞きます。
そんな中で祖母は、祖母なりに良い選択をしたのかな、と思いました。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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