手術が終わり、抗がん剤も投与しなくなり、3ヵ月ほど経って、母の髪が生えてきました。
手術が終わったのが6月で、秋口ぐらいになると、短い産毛のような毛がちょこちょこと生えてきて、9月下旬には「おお、生えてきたね」と言えるぐらいに。

その頃の髪の毛は、母からすると全くお気に召さなかったようで、モンチッチヘアと呼んでいましたが「こんな髪型イヤ」と言って、帽子を被り続けていました。
元々ロングヘアでハーフアップの髪型というのが、母の定番だったので、自分自身にベリーショートのイメージが無かったのでしょう。
私たちからすると、ただただ「髪の毛、生えてきて良かったねぇ」という喜びの現象でしかなかったので、母が髪型を気に食わないというのは大した問題ではなかったのですが、母からすると大問題だったようで、早く伸びろ~と毎日呪文のように唱えていました。

それから1ヶ月ほど経つと、髪は更に伸びました。
しかし、元がゼロからなので、伸びたとはいえ、ベリーショートである事には変わらず、女優の大竹しのぶさんのようなヘアスタイルになりました。
モンチッチから大竹しのぶさんに華麗なる変貌を遂げて、良かったじゃん、と私たち家族は母の気分を上げようとしましたが、母個人的には、やはりどうしてもショートヘアには違和感があったようで、まだ「自分には似合わない」といって帽子を愛用していました。

年が明けて、春になって、ようやく、普通のショートヘアぐらいに髪が伸び、季節的にも帽子を被らずに外を歩けるような陽気になってきて、母も出かける際には、医療用ではない普通の帽子を被り、室内ではそれを取るようになりました。
がんのカミングアウトをしていた母で、医療用の帽子を被ったまま割とどこへでも出かけていたので、髪が生えてきたことは周りの人間にもすぐに分かったらしく「良かったねぇ」と沢山の人に言ってもらえたようです。

それからも母の髪は順調に伸びて、その年の秋ごろ、髪が生えはじめて1年経ったころには、結べるくらいになりました。
いつもパーマをかけていた母が、久々にパーマをかけてもらって、見慣れた母に一気に戻って、なんというか、ああ、ようやく帰ってきたなぁ、という不思議な気分になりました。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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