母の乳がんの治療が終わり、手術も無事成功し、リハビリも順調で、我が家は次第に日常を取り戻しつつありました。
最初から最後まで前向きで、閉じこもったり悲観的になったりすることのなかった母ですが、それでも抗がん剤の副作用が出てしんどそうにしている姿などを見ると「お母さんはいいから、座ってて」や「寝てて」など声をかけて、家事などは他の家族で協力しあってやってきました。

それも、なんだか昔の記憶のようになってきて、すっかり回復した母は、以前と変わらずちゃきちゃきと家事をこなして、以前と変わらずジム通いや韓国語など、やりたい事をやるようになりました。

ただ、右腕のリンパを取ってしまった関係で、重いものを持つことができなくなってしまったので、それだけは皆注意を払って、母に無理させないように努めましたし、母自身も、重いものを動かしたい時は必ず誰かに声をかけるというルールを守って、私たちの誰かを頼ってくれました。

母の闘病は、乳がんが発覚したのが11月末頃で、手術が行われたのが6月上旬だったため、およそ7ヶ月ほどでした。そのうちのほとんどが抗がん剤治療で、盲腸なども経て大変なこともありながら、果敢にがんと闘っていました。
放射線治療を受けることなく、手術を終えてがん細胞を体から追い出すことに成功しましたが、一度なってしまうと完全に安心はできないのががんの怖いところで、いつでも再発の危険と隣り合わせなのです。

でもおかげさまで注意深くなったし、健診は大事だという事が分かった、と母は言っていました。そうなのです。何事につけても、とにかく早期発見が一番大切なこと、そしてすぐに手をうつことも、とても大事なことなのです。

こうして、以前と変わらない日常を取り戻す事ができたのも、あの、医者でも見逃しかねないぐらいの本当にかすかな「もや」に健診のスタッフさんが気付いて「要検査」指定にしてくれたおかげでした。
あの時見逃されていたら、活発ながん細胞がどんどん母の身体を侵して、気付いた時にはすでに手遅れになっていたかもしれません。

辛い闘病ではあったけれど、必死に闘った甲斐あって、母は戻ってきました。
そして、こうやって何の変哲もない日常を過ごす事ができる幸せを噛み締めるのでした。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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医療者コラム

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