乳がんの治療中に突然急性盲腸になり緊急入院し、その日のうちに手術した母のところへ見舞いに行きました。

まだ術後それほど時間が経っていなかったというのもあってか、ベッドに横たわる母は瀕死状態で、まだ麻酔が完全に切れていないからか、どこか朦朧としていました。

正直、その母の姿を見て、ショックを受けました。
もうこれはダメなんじゃないかとすら思いました。

母の肌は土色というか、黄土色というか、黄疸病患者のような変な色に濁り、目は開ききらず、なんだか色々な管が母の体にささっていて、本当に末期の病気の患者のようでした。

父から術後時間が経ってないからと説明を受けたものの、こんなに人間って弱るものなのか、と衝撃を受けました。

母がうっすらを目を開けて「ああ、来てくれたの」とかすかな声で私の名前を呼びました。
その瞬間、涙こと溢れませんでしたが、心底ほっとしたのをよく覚えています。

生きてた・・・!
と思いました。

生きている事は承知の上だったのですが、母の声を聞いて初めて実感できたのです。

朝見舞いに言った時は会社に行かなければならなかったので、夜また来ると言ってすぐに病院を後にし、その日のうちに再度見舞いに訪れました。

もう手術が終わってから時間がかなり経っていたので、母の顔色は戻り、沢山のチューブも外れ、普通にベッドに横たわっているだけでした。
血色が戻ってきた母の顔を見て、今度は泣きそうになりました。

良かった、生きてた・・・!
とまた思いました。

母は普通に喋ることができるようにまで回復していたので、盲腸で倒れた日の様子などを聞かせてくれました。

「なんか変だなぁとは思ったんだけどね。意地と気力だけでジムのトレーニングしたのよ」とニヤリと笑う母。
「そんでさ、目がもう開いてなくて、意識も朦朧としてるんだけど、全部のメニューやりきってさ」としたり顔で話す母。
「家帰って、ご飯作ってたらお腹が死ぬほど痛くなってね」と言ってペロリと舌を出した母。

こっちがどれだけヒヤヒヤしたと思っているんだか、まったく本当にこの人は、強いというのを通り越して、ちょっとクレイジーなのかもしれない、と思いました。

なんにせよ無事で良かったです。
本当にこんな瀕死状態の母を見る事になるとは思っていなかったので、心から安心しました。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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